「みなかみの森へ行こう!」
「甲太郎!これ、これ!」

ノックも無く部屋の扉が開かれて、雑誌片手に晃が飛び込んでくる。
ベッドでごろ寝していた甲太郎は怪訝な顔で起き上がった。

「お前なあ、人の部屋にいきなり入ってくるなよ、失礼だろうが」
「そんな事より、コレ、コレ!」

何がそんなことなんだ、ちゃんと人の話を聞けとぼやきながら、
甲太郎は広げられた雑誌を覗き込む。

「みなかみの、森?」

そう!と声を上げて、晃は得意げに胸を張って見せた。
まじまじと見詰め返す甲太郎は言葉も無く固まっている。

「みなかみって地名があるのも驚きだけど、まさか森まであるなんてなあ」
「オイ」
「あ、でもコレだとラベンダーが生えてないなあ、何でだ、みなかみなのに」
「コラ」
「紙パイプ体験教室とかあるのかな、有機野菜とスパイスから作る本格カレー教室とか」
「―――晃」

思い切り溜息が漏れてしまう。
いくら海外生活が長いとはいえ、さすがにこれはあんまりだ。
バカだバカだと思ってたけど、まさかここまでバカだったとは。

「あのなあ」

甲太郎は、説明するのも億劫気に雑誌の文字を指差す。

「みなかみって、コレは、皆守じゃなくて水上だ、水に上、それで水上」
「皆守じゃないのか?」
「違う、ここ、よく読め、お前漢字は読めただろうが」

どれどれと覗き込んでから、晃はなるほどォと感心している。
つくづく世話の焼ける男だ。まさか、本気で思い込んでいたとは。
めんどくさそうに再びごろりと横になった甲太郎の、
隣に腰掛けて晃は何か考えているようだった。

「あー」

ん?と顔を向ける。

「何だ」
「おう、まあ、みなかみが水上だって事はわかったんだけどさ」
「ああ、よく覚えとけ、他所で恥かくぞ」
「うん、でもさ」
「何だよ」
「ここで昼寝したら、いい夢が見られそうだなーって」

まあ、森だしな、空気も綺麗だろうさと甲太郎が口に出す前に、
振り返った晃がニッコリ微笑み返してくる。

「だってお前の名前のついてる森だしさ、きっと凄く気持ちよく眠れそうだ」

ぐ、と詰まって、直後に甲太郎の頬にカッと朱がさした。
晃を凝視する、口元からパイプがポロリと落ちる。

「あ!こ、甲太郎、アロマが!」
「あ?お、うぉ!やべッ」

慌てて拾い上げて、ベッドが焦げてないか確認して、ふうと溜息を吐いた。
同じようによかったなあと胸を撫で下ろした彼の姿に、
急にイラッと来て起き上がりざま後頭部を平手で一発見舞ってやった。

「あいたッ」
(お前がおかしな事を言うからだ、この、バカッ)

言葉では何もいわなかった彼に、晃は憤慨した声を上げる。
随分身勝手ながら、自業自得だと決め付けて、甲太郎は赤い顔のままそっぽを向いていた。
まったく、くだらないことで人の気持ちをかき乱しやがって。
おちおちくつろいでもいられない。

「なあ、甲太郎、そのうち一緒に行ってみようなー♪」
「フン、暇だったらな」
「何だよ、ケチケチすんなよう」
「うるさい、行かないとは言ってないんだ、ごちゃごちゃ抜かすな」

見えないけれど、多分晃は嬉しそうに笑っているんだろう。
もう一度ごろりと横になって、瞼を閉じながら、甲太郎は水上の森の景色を夢想して
うっすら口元を綻ばせたのだった。